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ご挨拶



事務局長あいさつ 

 明治の黎明期に日本美術の恩人とたたえられるアーネスト・F・フェノロサが、「どうしても琵琶湖の見えるこの土地で死にたい」と遺言を残しました。なぜ、生前から滋賀県大津市の三井寺法明院に葬られることを望んだのでしょうか。仏教の教えを受けた師の桜井敬徳が法明院住職であったことは言うまでもありません。ただ、日本の名所旧跡・寺社仏閣を巡ったフェノロサが、法明院に墓を指定したことは、他にも理由があったからではないでしょうか。
 まず考えられることとして、法明院を取り巻く環境が、別格であったからと言えるでしょう。そのヒントが庭園にあります。傾斜地に絶妙に配置された景石や引水が流れ込む池を巡りながら四季折々の樹木や草花を愛でつつ、目を移せば琵琶湖の水面の輝きと遠くに鎮座した三上山が映ってきます。当時の琵琶湖と山々を借景とした池泉廻遊式庭園の魅力が桜井敬徳阿闍梨の人格と相まって、フェノロサを大津の地に強く引きつけたと推察したいのです。
 さて、このような風光明媚な滋賀県大津市で、大津市及び大津市教育委員会、三井寺及び法名院、フェノロサ関係の研究者、大津市民等の関係各位のご尽力によって「日本フェノロサ学会」が設立してから、やがて40年を迎えよとしています。学会機関誌『LOTUS』も継続して発刊しています。
 近年ではフェノロサ研究のみならず、近代美術及び周辺の研究について、若手を中心に年次大会で発表されています。これからの学会の発展のためにも、新たなる会員の拡大が喫緊の課題と考えています。そのためには、学会の新しい企画や魅力の発信も必要かもしれません。これからも関係各位の本学会に対するご支援、ご協力をお願いして、新しい本学会のウェブページ開設にあたり、事務局長のあいさつといたします。

 2019年7月7日
      日本フェノロサ学会 事務局長 新関伸也(滋賀大学教育学部教授)


 

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